本文にジャンプします
メニューにジャンプします

夏崎古墳出土遺物

夏崎古墳出土遺物
(2009年10月8日更新)
県指定重要文化財 考古資料
夏崎古墳出土遺物
(なつざき こふん しゅつどいぶつ)

松島町73番地1 歴史民俗資料館(伊万里駅より徒歩15分)
平成7年(1995)5月26日指定


小札鋲留眉庇付冑三角板鋲留短甲

 夏崎古墳は東山代町日尾(ひお)地区にあります。5世紀末から6世紀初めに築かれた古墳です。
 宝暦(ほうれき)六年(1756)の土取りの際に小札鋲留眉庇付冑(こざねびょうどめまびさしつきかぶと)1点、鋲留短甲(びょうどめたんこう)1点、鉄剣(てっけん)1点、鉄鏃(てつぞく)2点、性格不明鉄片1点などが出土し、昭和46年(1971)の発掘調査では、鉄斧(てつぷ)1点、鉄鏃34点、鉄剣3点、鉄刀(てっとう)4点、刀子(とうす)1点、性格不明鉄片6点、砥石1点などが出土しました。
 これらの遺物の中でも冑と短甲は類例が少なく、相当に有力な人物の持ち物と推定されます。
 小札鋲留眉庇付冑は、高さ17.2cm、長さ25.5cm、幅22.8cmです。頂上を飾る受鉢(うけばち)と前方の眉庇(まびさし)の一部を欠いています。後頭部を保護するための錣(しころ)の有無はわかりません。
 鋲留短甲は、原形をたもっておらず、大きく3つの破片に分かれています。最大の破片は背面のもので、長さ35cm、幅46.5cmです。
 夏崎古墳が築かれたころは、大和政権が鉄資源などを得ようと、さかんに朝鮮半島に兵を送っており、補給や出兵の基地として、伊万里地方が重視されたものと思われます。そのため、このような冑や短甲を持つ王がいたと考えられます。(夏崎古墳 参照)

*見学のお問い合わせは歴史民俗資料館TEL0955-22-7107まで。