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午戻遺跡石棺墓出土遺物

午戻遺跡石棺墓出土遺物
(2009年10月8日更新)
県指定重要文化財 考古資料
午戻遺跡石棺墓出土遺物
(うまもどし いせき せっかんぼしゅつどいぶつ)

松島町73番地1 歴史民俗資料館(伊万里駅より徒歩15分)
平成14年(2002)3月6日指定


長宜子孫銘連弧文鏡(連弧文鏡は通称、内行花文鏡ともいいます)大坪町六仙寺の牛戻遺跡の石棺墓から、鏡などが見つかりました。

 午戻遺跡は大坪町六仙寺(ろくせんじ)地区にあります。主な遺構としては弥生時代中期中頃(紀元前1世紀頃)から弥生時代終末期(3世紀頃)にかけての墓群を確認しました。その中の弥生時代終末期頃に築かれた石棺墓(せっかんぼ)から青銅鏡(せいどうきょう)1面、鉄小刀(てつしょうとう)1点、鉄鎌(てつがま)1点、ガラス小玉1点などが見つかりました。
 鏡は後漢(ごかん)時代頃の中国でつくられたものです。一部を欠いていましたが、完鏡(かんきょう)(ほぼ完全な鏡)です。直径19.74cm、平縁(ひらぶち)幅1.08cm、厚さ0.44cmで、内側に向かって櫛歯文帯(くしはもんたい)、雲雷文帯(うんらいもんたい)、櫛歯文帯、8個の連弧文帯(れんこもんたい)、平頂素圏(へいちょうそけん)、偏平な四葉座(しようざ)、円鈕(えんちゅう)と続きます。
 四葉座の間に「長宜子孫」(ちょうぎしそん)の銘文があり長宜子孫銘連弧文鏡(ちょうぎしそんめいれんこもんきょう)という種類に分類されます。弥生時代の中国製の完鏡は、王のような有力者の権威の象徴と考えられており、3世紀ごろの伊万里地方に王のような有力者がいたと考えられます。
 また、鏡と一緒に見つかった他の副葬品とともに、副葬品の構成やその出土状況がわかる点で資料価値が高いものです。

※見学のお問い合わせは歴史民俗資料館TEL0955-22-7107まで。