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黒川コミュニティセンター 地域の情報

黒川コミュニティセンター 地域の情報
(2014年2月19日更新)

黒川町の紹介

1.町民憲章

  1. 山と海に囲まれた自然豊かな黒川町を大切にします。
  2. 人と人とつながりあえる黒川町を目指します。

2.町の花、木

シンボルマーク

黒川町シンボルマーク

黒川町のシンボルである山と海
を図形化し、町民の心意気を健
康でさわやかなイメージで、黒川
町の頭文字「K」になぞって、町
の活力・飛躍をトルネード(旋風)
としてその勢いを表現しています。

町の花「梅」

黒川町の花

町内には梅園もあり、各家にも
数多く見られ、待ち望んだ春を
告げる美しい花で、町を代表
する花としてふさわしい。

町の木「榎」

黒川町の木

旧黒川中学校入口にある榎は、
一里塚でもあり、樹齢400年
以上で大木で、市の古木にも
指定されており、町のシンボル
となっています。

 

3.黒川町の概要

明治22年(1889年) 市町村制施行により、黒河村となる
明治37年(1904年) 黒河村を黒川村として、承認される
昭和29年(1954年) 2町7村合併により、伊万里市となる
平成12年(2000年) 黒川公民館、現在地に移転新築

 

      令和2年10月1日現在

  • 人口   2,854人(男 1,575人、女1,279人)
  • 世帯数  1,412世帯
  • 面積   26.81平方キロメートル

4.伊万里のお宝50選(黒川町分)

箕輪観音 (みいわかんのん)

 大坪町屋敷野(やしきの)と黒川町牟田(むた)の喜三郎(きさぶろう)との間の道沿いの箕という農具の形をした大きな自然石に、子どもを抱いた観音菩薩 (ぼさつ)様が彫られています。市内では唯一(ゆいいつ)の磨崖仏(まがいぶつ)です。江戸時代後期の文政(ぶんせい)5年(1822)に流行病で子どもが大勢死んだので、流行病よけを願って彫られたものと言われています。「文政五年七月吉日 戸川石工(いしく) 川西大右エ門」の刻銘があり、小城市牛津町の砥川(とがわ)石工の作です。今でも人知れず、お供え物がしてあり、大事にまつられています。

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箕輪観音

 

「寺の川」の泉

 黒川町横野にあります。岸岳(きしだけ)落城のおりの落人(おちうど)が横野に住み着き、1人が主家一族の霊を弔(とむら)うために出家して乗円(じょうえん)と名乗り、川(泉のこと)のそばに庵寺(あんでら)(浄土真宗(じょうどしんしゅう)横野寺)を建てました。「寺の川」の名前の由来と言われています。やがて寺は廃寺になり、観音(かんのん)堂が建立され、地元の人はもちろん、嫁いで行った人も、産前産後、安産と無事な成長を願って胸当てを子安(こやす)観音菩薩(ぼさつ)様にかけます。そのとき古い胸当てをいただいて子どもにつけると寝冷えをしないと言われています。湧水は旱魃(かんばつ)でも水量が変わらず、冬あたたかく、夏冷たいので、夏はこの冷水を飲みに来る人があります。「横野名物 荷物にゃならぬ 飲んでお帰り寺の川」という歌があり、生活用水として今も活用されています。

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「寺ノ川」の泉

 

藤(ヤマフジ)

 黒川町塩屋にあります。市内で最も古いものであると言われ、植物学の研究や歴史を知る上で貴重なものです。幹(みき)の大きさは地上20cmのところで直径35cm、長さは東西16m、南北9m、推定樹齢(じゅれい)は250年と言われています。場所は慶長(けいちょう)10年(1605)に完成した黒川新田の防波堤(土井)を築くために土を取った跡地で現在、竜宮様の名で知られている所です。また、土井の完成記念行事(慰霊(いれい)、感謝)として、毎年8月15日に近隣(きんりん)の住民による「もっこ踊り」が奉納されています。塩屋自治区では施肥(せひ)や除草など日頃(ごろ)の管理をし、花の咲くころは、花見客で賑(にぎ)わっています。

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藤(ヤマフジ)

 

黒川佐源太夫 (くろがわさげんだゆう)

 黒川町小黒川に黒川佐源太夫のものと伝えられる供養塔(くようとう)があります。黒川佐源太夫は波多(はた)家の重臣で姥ヶ城(うばがじょう)の城主でした。天永(てんえい)3年(1112)に黒川を支配した黒川佐源太夫遥(はるか)から数えて14代目の人物にあたると言われています。岸岳(きしだけ)落城後、姥ヶ城は寺沢氏に攻められ、佐源太夫は平戸へ逃れ没しました。墓は平戸にあると言われています。遺臣の一人により遺髪(いはつ)が持ち帰られ、この地にまつられたとされています。当初は領主の寺沢氏に遠慮して目印程度の小さな墓でしたが、領主が土井氏に変わったので、宝暦(ほうれき)7年(1757)に石造(せきぞう)五重塔(ごじゅうとう)が建立されたと言われています。また、大正6年(1917)に黒川氏の子孫によって玉垣(たまがき)が建立されました。

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黒川佐源太夫

 

水生植物
「デンジソウ」「サガミドリゲモ」「ミズオオバコ」

 佐賀県が示したレッドデータブックの絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)である「デンジソウ」「サガミドリゲモ」が県内で唯一(ゆいいつ)、自生しており、佐賀県の宝物です。同じく「ミズオオバコ」も希少種(きしょうしゅ)で、伊万里では珍しい種です。これらの水生植物は、黒川町のファミリーパーク敷地内の湿地(しっち)に植生(しょくせい)しています。

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ミズオオバコ

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ミズオオバコ

denjisou
デンジソウ

midorigemo
サガミドリゲモ