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大川内町の情報

大川内町の情報
(2014年2月17日更新)

大川内町の情報

★大川内町の紹介

町民憲章

  1. 大川内町民はお互いに思いやりの心を持ち、挨拶をかわし明るい町づくりに努めましょう
  2. 大川内町民は伝統と文化に誇りを持ち郷土を愛し、心豊かな町づくりに努めましょう
  3. 大川内町民は交通マナーをこころえ、子どもや高齢者、障害者を守り、安心・安全な町づくりに努めましょう

町のシンボルマーク

青螺:大川内町のシンボル「青螺山」の「青螺」を町木の「イチョウ」の葉と町花の「シャクナゲ」ノ花弁ノ輪で羽ばたく様に囲み、
    町の発展と町民の融和を表す。
    「青螺」と「大川内」の文字は青色でゴシック体、イチョウの葉は黄色で、シャクナゲの花弁は桃色で表す。

町の花・町の木

花名「シャクナゲ」 選定理由:青螺山に自生している。また、「シャクナゲ音頭」等、大川内町の歌や踊りで親しまれている。
木名「イチョウ」   選定理由:町の神社、仏閣をはじめ、各所に生息している。

大川内町の概要

歴史的沿革

明治19年「大河内村」と「大川内村」を「大川内村」に統一。明治22年市制町村制施行により「大川内村」単独の自治体を組織し、当村に大字は編成せず、村内を岩谷・小石原・市野瀬・市野瀬山・大川内山・正力坊・吉田・福野・平尾の9区に区分した。昭和29年市制施行により2町7村が合併「伊万里市大川内町」となる。
また、伊万里焼は、およそ300年前鍋島藩主の御用窯が三方を山に囲まれた青螺山の麓・大川内山に築かれ、常に技法の保持と工人の育成、製品の厳選に意を注ぎ、最高の磁器が生まれました。藩主の自家用、献上品、贈答品として珍重された鍋島焼は、廃藩後、民窯に受け継がれ、一般にも広く販売されるようになり、歴史・伝統と技術を特徴とする伊万里焼として世界に知られております。現在大川内山では、30余りの窯元が焼き物の制作に取り組み、軒を連ねております。

 

平成12年11月1日発行 大川内町誌より    

★関所跡

地理的特性

★青螺山から望む伊万里市郊外

 大川内町は、伊万里市の南部に位置し、伊万里川(西の谷)及びその支流である杏子川(東の谷)を流域とする山林田園地帯であり南に黒岳、青螺山、牧山、腰岳等の山並みに囲まれている。杏子川に沿い伊万里から武雄市・山内方面に通ずる主要県道伊万里~山内線があり、市街地へのアクセス道路としての役割は大きい。
本町の気象は、高い山に囲まれ、谷間が多い関係で日照時間が少なく気温が低い地区もあるが、全体的に温暖な方である。