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白蛇山岩陰遺跡

白蛇山岩陰遺跡
(2008年6月10日更新)
県指定史跡
白蛇山岩陰遺跡
(しらへびやま いわかげいせき)

東山代町脇野5541番地1(伊万里駅より車で20分)
昭和59年(1984)3月21日指定

白蛇山岩陰遺跡

 国見山麓の標高約100mの場所にあります。中世には修験道の修行場だったので、現在でも特異な景観をしています。砂岩の岩壁に河川の侵食によってできた、南東方向に開口する2つの洞穴があり、上洞は開口部約40m、奥行き約6m、下洞は開口部約8m、奥行き約7mです。
 昭和46年(1971)と昭和49年(1974)に佐賀県立博物館によって発掘調査が行われ、旧石器時代末(約1万2千年前)から縄文時代晩期(約2千5百年前)に、岩陰を利用して人びとが暮らしていた岩陰遺跡(いわかげいせき)であることがわかりました。
 岩陰の土の堆積は地表より約3.5mあり、13層に分けられます。第13層と第11層が旧石器時代、第9層が縄文時代早期、第8層が早期~前期、第7層が前期、第6層と第4層が前期~中期、第3層が中期~晩期の地層でした。
 出土遺物は、旧石器時代の石器としては細石刃(さいせきじん)、細石核(さいせっかく)、尖頭器(せんとうき)、削器(さっき)などが出土し、縄文時時代早期から晩期にかけての石器としては石鏃(せきぞく)、石槍(せきそう)、石錐(いしきり)、削器・石核(せっかく)などが出土し、また土器としては貝殻押圧文(かいがらおうあつもん)土器、押型文(おしがたもん)土器、轟式(とどろきしき)系土器、曽畑式(そばたしき)系土器、阿高式(あたかしき)系土器、磨消(すりけし)縄文土器、山ノ寺式(やまのてらしき)系土器が出土しました。
 石器や土器が、地層ごとに出土したので、それらがいつごろつくられ、形や文様がどのように変っていったのかを研究する上で、きわめて重要な遺跡です。