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伊万里駅前公園に設置されている森永太一郎モニュメントに関する説明文について

伊万里駅前公園に設置されている森永太一郎モニュメントに関する説明文について
(2019年3月11日更新)

 森永太一郎は、伊万里市出身で森永製菓と森永乳業の創業者です。
 日本で初めて西洋菓子製造を機械化し、大量生産を始めるなど、それまで和菓子中心だった日本のお菓子業界に「革命」を起こした偉人であります。

 この度、佐賀県が肥前さが幕末維新博事業として制作された森永太一郎モニュメントを、伊万里市が寄贈を受け、伊万里駅前公園(JR伊万里駅前広場)に設置しています。
 ぜひ、日本の「製菓王」森永太一郎のモニュメントを見に出かけましょう。

 以下、森永太一郎モニュメント説明看板の内容になります。

森永太一郎モニュメント 説明文 

 

 伊万里の偉人  森永太一郎  1865年(慶応元年)~1937年(昭和12年)

 

森永製菓と森永乳業の創業者。伊万里市出身。生家は松島町で陶器と魚の問屋を営んでいたが、父親の死後、家産を失い、幼い太一郎は母親の実家で苦労して育った。後に、叔父の山崎文左衛門から商売の基礎を学び、コンニャクなどの行商を始め、その才能を伸ばした太一郎は、成人後渡米し、幾多の困難を乗り越え、西洋菓子の製法を習得した。帰国後、東京で森永西洋菓子製造所を開設し、日本人になじみがなかったキャラメルやチョコレートなど西洋菓子の製造・普及に努め、後に製菓王と呼ばれるほど日本の菓子づくりに貢献した。また、郷土の畜産振興を願い私財を寄付するとともに、大坪町に森永製菓第八工場(後の森永乳業伊萬里工場)を建てるなど、伊万里の発展に寄与した。 


森永太一郎モニュメント 説明文.pdf(88KB)

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※英語の説明文はこちらをご覧ください

※中国語の説明文はこちらをご覧ください