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茅ノ谷1号窯跡


茅ノ谷1号窯跡
(2008年6月10日更新)
県指定史跡
茅ノ谷1号窯跡
(かやのたにいちごう かまあと)

松浦町山形8406ほか(伊万里駅より車で20分)    
昭和62年(1987)3月16日指定

茅ノ谷1号窯跡

 藤川内(ふじのかわち)地区の北西域に茅ノ谷と呼ばれる谷があります。茅ノ谷1号窯跡は、この谷に向かって北東からのびている丘陵の先端部にあります。
 江戸時代に書かれた『葉隠聞書』(はがくれききがき)に「藤の河内山」(ふじのかわちやま)と記されています。長い年月の間に段々畑に変っていましたが、ガラス化した窯壁(ようへき)の一部や陶片が観察されたので、昭和58年(1983)に全容を調べるために発掘調査を行いました。
 窯跡は丘陵主軸にそって、南西から北東方向に築かれており、焼物を焼く焼成室(しょうせいしつ)が階段状に22室連なった、連房式登窯(れんぼうしきのぼりがま)であることがわかりました。 水平全長は約52メートルで傾斜角度は下位で22度、中・上位では20度です。塗り壁造りの焼成室は中位部分で幅約2.7m、奥行き約2.4mで、下位では東側に出入り口が確認されています。また、失敗製品を捨てた物原(ものはら)は西側にあります。
 製品には代表的な朝鮮唐津(ちょうせんがらつ)や備前唐津(びぜんがらつ)の徳利のほか、青唐津(あおがらつ)や絵唐津(えがらつ)、斑唐津(まだらがらつ)の碗や花立、ぐい呑などがあります。
 窯の規模や構造、製品などから窯の操業時期は16世紀末から17世紀初めと考えられ、唐津焼の系譜を研究する上で重要な窯跡です。

※窯跡は個人宅の裏にあります。見学のときは家の人に許可を得てください。